ロータス ヨーロッパ。この車名は、スーパーカー世代、中でもサーキットの狼に耽溺した人間にとっては特別な響きを持っているのではないだろうか。もちろん私もロータス
ヨーロッパという車名に特別な思いを抱く人間のひとりだ。
1973年式ロータス ヨーロッパ スペシャルを運転する機会を得た。乗らせていただいたのは、右ハンドルの本国仕様。1600ccエンジンをミッドに搭載する。エンジンフードを開いてみると、エンジン本体はエンジンルームの中でも限りなく前方に寄せられている。重量物をできるだけクルマの中心に寄せることで、ミッドシップの効果を最大化しようと努力したことが一目でわかるレイアウトだった。
エンジンのかけからはよくわからないので、オーナーさんがかけるのを黙って見ていた。コクピットにおさまり、燃料ポンプの電源を入れる。カチカチという音を聴きながら、アクセルをあおってシリンダーにガソリンを送り込む。そしておもむろに、セルを回してエンジンを始動。1600ccと小排気量ながらも、なかなか力強い音でヨーロッパはアイドリングを始めた。
まずは助手席に乗せてもらい、オーナーさんの運転でヨーロッパを体験。
低い。とにかく低い。フロントウィンドウを通じて見渡す視界は、まるでカーレースゲームのようだ。そして、狭い。これまでに数台ではあるが、ミッドシップのクルマには乗ったことがある。しかしそのどれと比較しても狭い。他のミッドシップ車は運転席と後輪との間にエンジンが収まっていたのだが、ロータスヨーロッパの場合は前輪とエンジンの間に運転手が収まっているイメージだ。隙間にポコンとはまり込むように座席に着くと、もう大して身動きもできない。
走りだすと、クルマ全体の軽さや動作のダイレクト感を助手席でも味わうことができた。アクセル開度、ステアリング操作にクイックに反応するのが助手席でもわかる。最高出力は126馬力と、大パワーのスーパーカーとは程遠い。しかし車重700キロ強のヨーロッパを軽快に走らせるには、それで十分のようだった。
そして、いざドライバーチェンジ。狭い助手席からうんとこしょと抜け出て、右側に回り込んでうんとこしょと運転席に乗り込む。もちろん助手席と同じくタイトな空間だが、運転をする身となればそのホールド性の良さがかえって好印象。シート自体のホールド性も良いのだけど、高いセンタートンネルとすぐ右側にあるドアに挟まれ、体全体が保持される安心感がある。
慣れるまでは1速、3速の場所がわかりづらいシフトレバーを操作して、1速にギアを入れる。重いというより固いと表現した方が正しいクラッチをおっかなびっくり戻して、発進。軽い。とても軽い。シフトアップとともにスピードを上げてみるが、軽いという印象は変わらない。アクセルの開閉やステアリング操作が、クルマの挙動としてリアルタイムに跳ね返ってくる。これは楽しい。
意外だったのは、コーナリング特性。これまでいくつかのミッドシップ車に乗ったが、いずれもクルンと回るミッドシップ特有の挙動を強く感じた。しかしロータス
ヨーロッパは違った。動きがとてもナチュラルというか、クルマ自体に特性がないかのような、ニュートラルなイメージでコーナーを回れる。どちらがいいのかはわからないけど、ニュートラルな方が操作しやすく、俺には楽しい。慣れるに従って少しずつコーナー速度を変えてみたりしたが、この印象は最後まで変わらなかった。
コーナリングではニュートラルな印象を与える一方で、直進は難しい。ステアリングは遊びが少なく、まっすぐ保持していなければまっすぐ走らない。ステアリング操作にダイレクトに反応するということは、路面からの応答もダイレクトに伝わる訳で、ちょっとしたギャップやわだちで簡単に姿勢が変化してしまう。まっすぐ走らず、ずっと曲がっていたい。運転しながらそんなことを考えたのは、たぶん初めての経験だ。それほど、曲がることが楽しいクルマだった。
運転はちょっと面倒くさいし、室内は狭い。風通しは悪く、夏はとても暑くなる。そんな諸条件をあっさり忘れるほど、運転していて楽しい。しかもかっこよく、所有欲も満たしてくれそう。色々な意味で、やはり素敵なクルマなんだなと、実車に触れて実感した。自分で所有するのはコスト面その他で無理なので、今後も憧れ続けるだけになりそうだけど。
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